執着を残さないで死んでいくこと


政木先生が作詞・作曲された「輪廻」の中に、
 
   人の世は  ひとたびだけにあらずして
   天に昇りし魂は  また同じ輪に戻りくる
  友は永久の友であり  夫婦も定めの道の上
  ああ肉体わずか八十年  魂無限の幾億年
 とあります。肉体レベルでは、この世に生まれてやがて死を
迎えるわけですが、魂のレベルでは、無限の歳月をかけて輪
廻転生を繰り返し、魂の向上を図っているようです。 肉体の
死とともに自分の人生は終わりと捉えると、生きている間に「あ
れをやっておけばよかった!」と、悔いが残りそうですが、やり
残したことは「次の人生の課題にしよう!」と捉えれば、この世
にそれ程執着を残さずに死んでいけるのではないでしょうか。
政木先生はいつも、「人間は病気で死ぬのではないですよ。例
え病気が治っても、寿命がきたら死ぬのですよ」とおっしゃって
おられました。そして、「死ぬ時に執着を残して死んではいけな
いので、パラメモリー(現アルファシーターC)を発明したのです
よ」ともいっておられました。

 この世は、一瞬一瞬新たに創造され続けているとしたら、す
んだことに執着していては、新しい創造が受け直せなくなって
しまいます。政木先生の生き方は、お金にも執着しない(自動
炊飯器を発明しても数千億円という特許権の放棄)、ものにも
執着しない(ひとつの発明品に執着しないから千件以上の発
明ができた)、そして、この世にも執着しない(安らかな眠りの
中での旅立)、まさに、ご自身の教えを自ら実践された素晴らし
い人生でした。執着を残さずに死ぬということは、“今を生きる”
“一生懸命ではなく、一所懸命に、いま、できることを全力でや
りきる”“今日一日新たな命をいただいて、眠る時にお返しし
て、また新たな命をいただく・・・”この繰り返しが執着を残さず
に死んでいける道につながるのではないかと思われます。


<追記>

 生前、政木先生は講演会後の名古屋駅新幹線のホームで、
「古い上着(肉体)は脱ぎ捨てて、新しい上着を着た方がいい
ですよ」と、よくおっしゃっておられました。と同時に、階段を1
〜2段飛びに駈け上がって、「ほれこの通り、肉体はまだ若い
でしょう」と、笑いながらいろいろなことを見せていただきまし
た。多分、「肉体は一度きりではないですよ、肉体は滅んでも
魂は無限に生き続けるから、この世に執着しなくてもいいので
すよ」といった意味のことを教えていただいたものと思われま
す。

 先生ご自身のフーチによれば、63歳(昭和54年1月末)で死
ぬことになっていたのが、神示により79歳(平成7年11月24日)
まで寿命が延びた。その時に、「死ぬとはこんなにも楽なこと
な のか・・・・」といった体験もされました。以下はまったくの想像
ですが、2度目の神示で「94歳まで寿命を延ばす」と告げられ
た時に、「そんなに長くはどもならん、もっとはやくしてほし
い・・・」 と思われたそうですので、多分、先生の願いが叶って、
予定よりも早く、87歳でこの世を去られたのではないかと思い
ます。

 先生との会話の中で、少し以前の出来事をお尋ねすると、
「あ、そうでしたか、そんなことがありましたか」で、会話が終わ
ることがよくありました。これはきっと、その瞬間瞬間を生きて
おられて、先生にとっては過去も未来もなかったのではないか
と思われます。宇宙の創造も過去からの連続として捉えると
“過去”は重要な意味を持つものとなりますが、宇宙は一瞬一
瞬新たに創造されていると捉えると、重要なのは“今”だけで、
過去も未来もなくなります。冒頭の“執着を
残さない”という教えは、“過去を掴むな”
“今を生きよ”ということなのかもしれません。
“今”を生きれば、お金は必要な分だけあれ
ばいい、後はなにもいらない、といった先生
の生き方に少しでも近づけるのではないかと
思います。 (2005年12月)


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