こころは 広く 大きく


 最近研究所に来られた方が、「器の大きな
人の前に出ると、スッポリと包み込まれる感
じで、いろいろ質問しようと思っていたことも
全部忘れてしまって、その人のそばにいるだ
けですべてが分かってしまうような、問題が
解決してしまうような、そんな感じになります
ね」と言っておられました。政木先生もまさに
そんな感じで、以前、岡山の研究室をお訊ねした時、先生に質
問する内容をあらかじめまとめておいたのですが、先生のお
話の中ですべてその答えがあり、質問をすることもなく名古屋
へ帰ってきたことがあります。

 また、先生はいつも「目標は無限の彼方に、心は広く大きく」
とおっしゃっておられました。その頃の私は、「海よりも広く、山
よりも大きく」といった感じで意識が地球レベルでしたが、先生
が意図されたのは、「宇宙よりも広く、宇宙よりも大きく」という
ぐらいのスケールの大きさだったのではないかと思います。

 自分を、“肉体の中に意識がある人間”ととらえればちっぽけ
なものですが、自分を“意識が宇宙大に拡がった人間”ととらえ
ると大きなものになります。器が小さいうちは小さくしかとらえら
れず、器が大きくなるに従って大きくとらえられるようになるよう
です。例えば、オリンピックなどで国別の金メダルの数を競って
みたり、日本人が日本人だけを応援するのは小さなとらえ方
で、心が広く大きくなれば、日本人の立場から地球人の立場に
なれば、どこの国の人が勝ってもいいのであり、争う必要はな
い訳です。

 一人一人の心が広く大きくなれば、地球上から争い事はなく
なり、小さなこと、どうでもいいようなことにとらわれず、目先の
欲望を捨てれば、すべてはなごやかに、おだやかになるものと
思われます。数々の発明特許も放棄し、“こころは広く大きく”を
実践された政木先生の生き方を再度心に刻み込む必要があ
りそうです。


<追記>

 政木先生のお話の中で印象に残っているフレーズはたくさん
ありますが、その中の一つに、「神仏は人間に多くの幸福を与
えようとしている」があります。以前は、「そうかな〜?」と、多少
疑問な点も残っておりましたが、最近では“まったくその通り”と
思えるようになりました。お釈迦さんの世界(相対の世界)では
“四苦八苦”があるのですが、神の世界(絶対の世界)では、
“楽一元”であり、“苦”はありません。神は“楽一元”を楽しむよ
うに創造されたにもかかわらず、人間が自ら“苦”を作り出して
苦しんでいる、ということに気づかせていただきました。

 先生は、「幸福を望むなら、心の器を大きくするように」と説い
ておられますが、表現を変えると、“神仏は多くの幸せを与えよ
うとしているから、人間は我を捨てて素直にありがたく受け取
ればいいのですよ”となりそうです。人間には“何でも自分の思
い通りにしたい”という“我”があるために、幸せを受け損なっ
ているケースが多いようです。(神の存在を認めない)科学万
能の相対の世界では“我”が中心ですので、“自分の力で何と
かしよう”と考えるのは当然のことなのですが、これではいつま
でも“四苦八苦”の世界を卒業できず、心の平安は得られない
ようです。

 自分の人生を振り返って、“心の器が大きくなった”と実感で
きたのは、尿を飲み始めた頃のことです。“きたない”“まずい”
といった様々なこだわりが取れて意識の世界が拡がりました。
反対に、ボランティアなどで黙々と働いている姿を見ると、自
分がちっぽけな人間に見えて、いつも反省している次第です。
意識が自分の肉体にあって、自分のことだけを考えている時
は小さな人間ですが、意識が自分の肉体か
ら離れて地球や宇宙に拡がった時は、すべ
てが一つになって“心は広く大きく”なったよ
うな気がします。自分のことよりも周りのこと
を考えて生活することが、心の器を大きくす
る近道のようです。(2006年10月記)


<著書より部分的抜粋>

 たいして陰徳も積まず、ごく平凡に日々を過
ごしている人間には、おおむね第一生命体と
第二生命体の二つしか宿っていない。生涯を
この二つの生命体で通すのが普通である。だ
が、常に人々に幸せを与え、陰徳を積んでい
る人間には生命体が100も200も宿ってい
る。周囲の人々に幸せを与えれば与えるほ
ど、たくさんの生命体が集まってくるからだ。集まってきた生命
体は、その人の中で大きく一つになり、生命体のパワーが上
がっていく。そのパワーによって人間性がますます向上し、肉
体的にも精神的にもいよいよ健康になり、寿命も延びていくこ
とになる。
 
 因果応報といわれるように、人間の行為の作用反作用は生
命体に反映されるのであって、直接肉体に反映されるわけで
はない。陰徳を多く積めば、それだけ生命体のエネルギーが
強化されるのである。例えば、林原社長には200もの生命体
が見える。それは、自分が無欲になって大勢の人々に喜びを
与えてきた証拠といっていい。無欲になって人々に尽くすこと。
これが生命体がたくさん集まり、自分の人間性が向上する根
本の条件なのである。神仏は本来、人間に多くの幸福を与え
るものである。しかし、人間の心の器が小さいと、器以上の幸
福を受け取れない。幸福を望むなら、心の器を大きくしなけれ
ばならない。そうすれば自然に心の器いっぱいの幸福が自分
のものとなるのである。・・・「奇跡の実現」より


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