真理は自然の中にあり


政木先生が阪大時代に、先輩教授の印象に
残っている言葉として「我々が現在学んでい
る物理・化学・医学というものは、西洋からや
ってきた一種の宗教であって、低級なものだ」
「真理は自然の中にしかない」をあげておら
れます。そして、先生は低級なものなら、その
基本はすべて修得してしまって、その奥にあ
る真理に到達しようと考え、普通の人の10倍も勉強されて、
“人間の頭で考えたものは幼稚なもので、必ずといっていいほ
ど途中で大きく軌道修正をしてやらねばならない。しかし、自然
の理に従ったものはその必要がなく、基本は終生変わることが
ない”と気づかれて、『真理は自然の中にあり』とおっしゃいまし
た。

 政木先生が意図された自然とは、人間が手を加えていない
もの、神によって創られたものを指しておられると思います。従
って、目に見える形としての自然の中に真理は隠されているの
ですが、その大元をたどれば、自然を創造した神の中に真理
があることになり、『真理は神の中にあり』と置き換えることが
できます。政木先生の発明品は、すべて自然の原理に基づい
たもので、まさに“神からのメッセージ”によるものであると言え
ます。

 ありがとうおじさんはホームページの冒頭で、“真理(自然)”
と“人の教え(人間の頭で考えたもの)”の違いを“太陽(神=
真理)”と“太陽の方向を示す指(教え=真理の言葉)”に例え
ています。宇宙は一瞬一瞬新たに変化し続けているので、言
葉で真理をとらえることは不可能です。だから、五感や六感の
感覚器官を超えた“直感で感受”するように書かれています。
これも『真理は神の中にあり』ということで、本心の心を輝かせ
て(目先の欲望を捨て、脳波を下げて)直接神を感じとる重要
性を説いておられます。


<追記>

 この教えは政木先生の発明品と関連して記憶に残っている
ケースが多いものと思われます。講演会で、「人間の頭で一生
懸命考えて作ったものは必ず副作用がある。真理は自然の中
にしかないから、発明品は自然の理にかなったものでないとい
けません・・・・」といった具合でお話しされました。神様が創造し
た自然のものはムリがなく、ムダがなく、すべて理にかなって
いて、そのままでOKですが、人間の頭や手で作られたものは
ムダがあって、やがてはひずみが生じて、さまざまな害が生じ
ているようです。

 人間も神様の創造物で自然そのものなのですが、万物の霊
長である人間には“我”(考える力、欲望、思いなど)があって、
これが動植物と決定的に異なる点です。人間だけが自然その
ものである“本心の心”に、自由を与えられた“思いの心”が覆
い被さっています。相対の世界で生きるとは、二つに分かれて
いる心が、本来は一つであることに気づくための修業の期間
であると思われます。しかし多くの場合、“思いの心=我”が大
半を占め、“本心の心”はどこか片隅に追いやられてしまって
いるのが現状です。

 政木先生の発明を例にとれば、脳波がシータ波になって
“我”の働きが止まった時に素晴らしい発明品が誕生していま
す。それに対して、一般の発明家が一生懸命考えているのは
“思いの心”で、自然と一致することはないようです。先生の教
えを実践するにあたっては、“本心の心”が真理であり、“思い
の心”は自らが作り上げた人工の心であることに気づくことか
らスタートです。身近な実践としては、
理屈よりも直観を優先する、時には大
自然の中に身を投げ出す、価値基準
を“欲しいもの”から“必要なもの”に切
り替える、脳波を下げて生命体エネル
ギーが前に出てくるような生活を心が
ける、ふっと頭に浮かんだことを大切
にして実行してみる、などがおすすめ
です。(2006年7月号)


<講演より抜粋>

『真理は自然の中にあり』 

◇終戦の前の年から医学部へいって神経の研究をやっており
ましたが、人間の神経の中のコンデンサーはまったく電圧降下
がない。これは未来永劫に人間が作ることのできないコンデン
サーです。以前、工学部長が、「我々が現在やっている物理、
化学、医学は、西洋からきた一種の宗教であって、何も分かっ
ていない」と言われたことが、全学科やってみて本当に“そう
だ!”と思った。

◇だから、私はその時に得た、“真理は自然の中にある”とい
うことを最優先にして発明したんです。人間の頭は使わない。
この世の中に何億年か昔から地球上にあったことをそのまま
使うことです。宇宙人からのメッセージにも同じことが書いてあ
って、ガソリンエンジンを作った時に、空気を汚すのを 1/10
にする方法があったはずだと言うんです。

◇十万トン位の大きな船を設計する時は十万馬力位のエンジ
ンを作ります。ところが、船が進行するための力は1万馬力だ
けで、残りの90%は造波抵抗に費やされるんです。自然界の
イルカを調べてみると、波が立ちそうになる
と、ホッペタの筋肉がペコリとへっこんで波を
吸収してしまうんです。これを見て“自然界は
よく作ってあるな〜”と思いましたね。

◇シベリアの鶴が、八千メーターのヒマラヤの山を越えて南へ
行くという。どうして越えられるかを調査したら、鶴は上昇気流
を上手に使って、羽根を広げたままで何もしないでいると勝手
に上ってしまう。エネルギーは全然消耗しないんです。人間で
すらできないことをしてるんです。生命体が知っているからでき
るんです。

◇現在の物理、化学は、あらゆるものを物質として扱うだけな
んです。生きてるものは、現在の物理、化学では証明の不可
能な深いものがあることが分かったんですね。あらゆる勉強を
した人間は最後にそれが分かるんです。

<1995年7月23日政木先生講演会より抜粋>



<著書より部分的抜粋>

 私が阪大で工学部の全学科を学び、なおかつ医学や力学を
勉強したのは、一つには当時の工学部長がいった言葉が心に
焼きついていたからである。それは 「われわれが現在学んで
いる物理化学や医学というものは、西洋からやってきた一種の
宗教であって低級なものだ」 というもの。もう一つは尊敬する
教授の 「真理は自然の中にしかない」 という言葉である。

 造船工学科へ行って初めて分かったことは、例えば10万馬
力のエンジンを搭載した船は、10万馬力の力で前進すると思
っていた。ところが実験して調べてみると、10万馬力のうち実
際に船が進むために使っている力は1万馬力だけで残りの9
万馬力は造波抵抗に使っている。船が進むと波が立つ。波を
けたてて進む姿は美しくても、この波を起こす力が船の抵抗に
なってしまう。

 これに対して自然界はどうだろうか。例えばイルカはものすご
いスピードで泳ぐのに全く波が立たない。波が生じそうになる
と、イルカの口の周りの筋肉がキューッとくぼみ、波を消してし
まう。自然は実によくできているとその時つくづく思った。真理
は何億年も昔から地球上の自然の中で培われてきたものにこ
そある。私の発想や発明が自然の原理に忠実に従っているの
は、そういう認識が基本にあるからにほかならない。・・・・『この
世に不可能はない』より


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