私ほど倖な者はないと思う


 政木先生のお話の中で、“夫婦で散歩の時にい
つも「私達ほど倖な者はいない」と言って、林原社
長のお宅の方に向かって「ありがとうございます」
と、お礼を申し上げて頭を下げています”と、おっ
しゃっておられたのがとても印象に残っています。
その頃は“政木先生って謙虚な方だな〜”といった
感想だったのですが、今改めて問い直してみる
と、多くの真理が含まれていたようです。 「私ほど
倖な者はない」と言い続けていると、いま自分が
幸せでいられるのもひとえに皆さんのお陰、水や空気や草花
やすべてのもののお陰、・・・・といった感じで感謝の気持ちがこ
み上げてきて、つい自然に、「ありがとうございます」が出てき
ます。この反対の体験は少ないのですが、「私ほど不幸な者は
ない」と思い続けると、多分、不平や不満がいっぱい湧き出て
くるようです。

 政木先生は、“すべての人々が「私ほど倖な者はない」と思
えば、すべての人々が幸福になる、自分ほど不幸な者はない
と思ったら本当に不幸になってしまう”と、著書(奇跡の実現)
の中で書いておられます。宇宙絶対神から無限の番組が提供
されていて、人はその中から自由に番組を選択するわけです
が、幸せだと思うと幸せの番組に、不幸だと思うと不幸の番組
に波長が合ってしまいます。そして、幸せの番組に波長の合っ
た人は、いつも感謝の心がこみ上げてきて、不幸の番組に波
長の合った人は、いつも心の中は不平や不満で満たされてし
まうようです。

 「はじめにことば(言霊)ありき」で、その人が発する言葉が、
その人の思いとなって、その人の運命を決定しているようで
す。はじめに「私ほど倖な者はない」という言葉があって、その
後に「ありがとうございます」が続いて、そして、これがワンセッ
トになって人生はどんどん良循環するのではないかと思われ
ます。


<追記>

 政木先生の講演会で、後半はこの言葉で締めくくられるケー
スが多かったようです。「私ほど倖な者はないと思うこと、そう
すればどんどん幸せがやってきます・・・・」といった感じで、最
後は特に力強くメッセージを送られていましたので、印象が強
いのかもしれません。最初の頃は、“自分でそのように思い込
めば、それが現実となって幸せになるのかな?”と考えており
ましたが、最近は、今が幸せでいっぱいなのにそれに気づい
ていないから、それを再確認する意味で“私ほど倖な者はな
い”と思うといった感じになってきました。そこで“この変化は何
だろう?”と考えてみると、現実の生活で“必要なものはすでに
すべて与えられている、ありがたい!”と思うと、感謝の念がこ
み上げてきて、「私ほど倖な者はない」につながるようです。反
対に“あれが欲しいこれも欲しい”と現実の生活に少しでも不
足があると、「他の人は幸せなのに・・・私は幸せでない・・・」と
なってしまいます。

 政木先生の場合は、数々の発明をされて、世のため、人の
ために貢献されたから幸せであったのではなく、神の存在を知
らされて、生かされていることを体得されたから、誰よりも幸せ
を感じておられたものと思われます。となると、先生のような素
晴らしい発明や貢献はできなくても、我々凡人にとって幸せを
感じることは“十分に可能である”ということになります。要は、
能力や財力、社会的地位や環境に関係なく、心のあり方(神を
感じられるか、否か)で幸・不幸は決定しているようです。

 “どうすれば神を感じることができるか”は
個人差がありすぎて、誰もが納得できる回
答はこの世にはきっとないでしょう。自分で
見つける以外に道はないのですが、その時
に参考になるのが、政木先生の生き方であ
り、冒頭の教えです。模索しながら、一歩一
歩神様に近づくのが人生の大きな楽しみで
すね。(2006年4月記) 


<講演より抜粋>

『私ほど幸福な者はないと思う』

◇一生懸命になったり、何とかしようと頑張ると精神が消耗し
て、肉体が病気になる。一生懸命ではなく、一箇所に集中する
“一所懸命”で、自分のすべきことだけをやる。頭の中で出来
上がったことだけを実行し、あとは一切神経を使わないように
すること。

◇若い頃、林原社長はそれを実行した。2年後に売上が15倍
になって、世界中から大勢の人が来るようになった。精神の器
は70倍になって、70倍の幸福が勝手にやってくるようになっ
た。それで政木先生も“私ほど幸福な者はない”と思うようにな
ったら、どんどんそうなって、それが周辺の人へも勝手に移っ
ていった。

◇例えば、神戸大震災の時、淡路島の親戚の家は被害がな
かった。また、神戸に住んでいる人は、地震の前日に最終の
新幹線で福山へ行って難を逃れた。日頃から“私ほど幸福な
者はない”と思っている人は、人間の肉体の中にいる生命体
がすべてを感知する。欲望のある人は、肉体の感じだけだか
ら全然分からない。

◇病気になった時、病気になって困ったと思うと病気がますま
す重くなる。反対に、病気になって有り難いと思うと、その瞬間
に脳波はシータ波になって病気はすぅ〜と治る。子供に対し
て、勉強しなさいとは言わず、ちゃんと勉強ができるいい子だと
思っているだけで、そのエネルギーが子供に良い影響を与え
る。

◇生命体はテープレコーダーと同じで、現在生きている騒音で
一杯で昔のことが分からない。脳波を下げて騒音が全部消滅
すれば、前世のことが鮮明に思い出せる。
◇神様から教えられたことは、「欲望をほって
“私ほど幸福な者はない”と思った瞬間に、生
命体(神仏)のエネルギーが肉体の前面に出
てくるため、人間が幸福になっていく」、という
ことです。

<1995年3月21日政木先生講演会より抜粋>



<著書より抜粋>

私は毎日夫婦で1万歩の散歩をしている。その散歩の時、口
ぐせのように「私達ほど幸福な者はいない」と言っている。私の
勤める会社の社長のお宅の前に来ると最敬礼をして、「社長
様、本当にありがとうございます」と申し上げ、感謝の気持ち一
杯のお礼を申し上げている。「私ほど幸福な者はない」とすべ
ての人々が思えば、すべての人々が幸福になる。人間が心配
すると自分のエネルギーで運命が心配する方向に引きずり込
まれていく。つまり、人は自分ほど不幸な者はいないと思った
ら本当に不幸になってしまうのであり、反対に自分ほど幸福な
者はいないと思うと、本当に幸福になるのである。不幸に遇っ
たら、私は不幸なことを体験したおかげで、こんないいことがあ
った、ありがとう、と感謝するのである。神は人間の願いはいっ
さい受けつけないが、願いたいことがあれば、過去完了形で
思えばよい。欲望を捨て、頭の中で出来上がったことを実行す
れば、すべての人々は最高の幸福の道を辿ることになるので
ある。・・・・・・・「奇跡の実現」プロローグ゙より


前のページへ   このページの先頭へ   次のページへ



TOP  はじめに  プロフィール  教えT U V W 先生のお話

生き方  業 績  発明品  著 書  人物像   直 筆  思い出

修業とは周り   目先の欲望   この世で起こる   真理は自然

私ほど倖な者は    神は我が身にあり    願い事あらば過去




トップへ
トップ
戻る
戻る