人間の生きている間は、生命体の修行期間


 生前、政木先生はよく冗談で、「古い肉体は早く脱ぎ捨てて、
新しい肉体で生活した方がいいですよ・・」といっておられまし
た。自分がまだ肉体の衰えを感じていなかった頃は、「先生は
冗談がお好きだな・・・」というくらいにしか感じていなかったの
ですが、肉体の衰えを感じるようになると、先生のお話が他人
事ではなく自分のこととして身にしみて感じるようになりまし
た。“肉体は滅んでも魂は生き続ける”ことを百%信じておりま
すので、新しい肉体に惹かれるのですが、与えられた寿命を
全うすることが大前提ですので、生きている間は生命体(魂)
の修行期間と心底受け止めて、今お世話になっている肉体に
日々感謝しております。

 政木先生が意図されている修行とは、他人に喜びを与えるこ
と、社会のために尽くすことですが、こういった気持ちが素直に
湧き上がらない場合は、まず自分が良いと思っていること、や
りたいと思っていることをやり通すことが肝心かと思われます。
先生は著書の中で「何回人間に生まれ変わっても、毎回同じこ
とを繰り返していては少しも進歩がない・・・・」と手厳しく書いて
おられますが、これは自分でやろうと思ったことをやりきらずに
中途半端で終わったり、幸せになれない原因を他人のせいに
して逃避的な人生を送っている人が余りにも多いからではな
いでしょうか?

 この世には、輪廻転生の回数の多い魂と、幼い魂が混在し
ておりますが、幼い魂は幼いなりに、決して他人と比較するこ
となく、今の自分の魂のレベルをそのまま受け容れて、生きて
いる間にそのレベルを一歩でも二歩でも上げる生き方が、結
果として社会のために尽くす、他人に喜びを与えることにつな
がるものと思われます。魂のレベ
ルに合わない行いは、時として他
人に対してお節介になったり、ス
トレスの原因になります。急が
ず、慌てず、一歩ずつ自分のペ
ースで魂を磨きたいものです。


<追記>

 自分の生命体(魂)がどのような修行をしてきたかを振り返っ
てみると、若い頃はスポーツに熱中して勝ち負けを競い、社会
人になってからは企業の利益追求の荒波にもまれ、会社を設
立してからは自立することの難しさを味わい、政木先生に出会
ってやっと“自分のことよりも周りのために生きること”に目覚
め、シュタイナー理論で宇宙の輪郭が見えて、ありがとうおじさ
んのホームページ(無限の無限の幸せがいっぱい・他)で、意
識が相対の世界から絶対の世界へと向かったような気がして
おります。

 そして何となくではありますが、今までに何度となく輪廻転生
を繰り返して同道巡りをしながら相対の世界で苦悶していたよ
うです。例えば、小さい頃からお釈迦様に惹かれ、多くの日本
人がそうであるように、無意識のうちに仏教が“ものの見方・考
え方”のベースになっていたようです。だから、55歳までは前世
でやっていたことと同じようなことをしていて、今までの復習に
過ぎなかったのですが、相対の世界の教えである仏教の呪縛
から解き放されて、そして、これからは絶対の世界の価値基準
で生きてみようと決意してから、今まで以上に心が自由になっ
たようです。

 政木先生の“生命体”という表現の中には“本心の心”と“魂”
が含まれていますが、本心の心は神の心であり、修行の必要
はありませんので、修行するのは魂です。先生のお話の中
に、「神はどこにもいません。自分の中にいるのですよ」とあり
ますが、このことからも、修行のゴールは“魂=本心の心”であ
ることに気づき(表現を変えると、魂が消え
てなくなる)、“我=神”という心境に至り、
“すべてはひとつ”であることを体感するこ
とだと思います。そのための第一歩は、自
分さえ良ければいいという思いを捨てて、
周りに幸せを与えること、そして、自分の中
に神を感じて、神の計らいのままに生きるこ
とではないかと思われます。
(2006年12月記)


<著書より部分的抜粋>

 生あるもの必ず滅すとのことわざ通り、いま生きている人に
は、必ず死が訪れてくる。この死は人間だけではない。地球の
石にも土にも同じことがいえる。また大宇宙も生まれては死ん
でゆくものである。死とは生命体と肉体の別離であって、生き
ている内は生命体が肉体を支配しているが、老朽した肉体か
らは、生命体が離れてゆくようになる。そして天上界に数百年
を過ごし、自分の宿るべき肉体を地上に見出すと、その母胎に
入ってゆく。

 人生が生きている時だけのものであれば、自分さえ良けれ
ばよいの一生も結構だろうが、その反作用は、自分の死後の
世界と、次の世代に生まれ変わって出てきたときの人生にも影
響することを考えれば、深く考えてみなければならない。人間
の生きている間は、生命体の修行期間である。修行とは、他
人に喜びを与えることである。そして社会のために尽くすことで
ある。

 自分の前世や死後の来世は、その真偽を確かめることがで
きなければ、有るのか無いのか全く分からない。しかし、多くの
奇跡が実在すれば、私たちの知らないエネルギーの存在する
別次元の世界のあることを信じられることになる。何回人間に
生まれ変わっても、毎回同じことを繰り返していては少しの進
歩もない。この書を読んだこの日、この時から、他人のため
に、社会のために尽くし、自分自身はなごやかな人間性になろ
う。これは、自分自身の幸福のためである。


前のページへ   このページの先頭へ   次のページへ



TOP  はじめに  プロフィール  教えT U V W 先生のお話

生き方  業 績  発明品  著 書  人物像   直 筆  思い出

宗教の根本は  どんなに心配  運命は人の誠心  ひらめきは神

すでに願いは叶った  信仰は信じること  天才教育の  修業期間



トップへ
トップ
戻る
戻る