物質文明から精神文明へ

人生は一度きりではない


 政木先生は講演会でいつも、「人生は一
度きりではないですよ。一度きりだと思うと
どんな生き方をしてもいいけれど、因果応
報は必ずありますよ」とおっしゃっておられ
ました。死後の世界については詳しくお話
されませんでしたが、肉体は生命体の乗り
舟であること、人間の死とは、生命体と肉体の別離であって、
生きているうちは生命体が肉体を支配しているが、老朽した肉
体からは生命体が離れていく、だから“この世に執着を残さな
いように生きること”を強調しておられたように思います。

 また、「死後の世界には何段かのランクがあるらしく、生きて
いる間に人の為に、社会の為に尽くした人は高い位置にあり、
人を苦しめ、社会に悪をまき散らした人は、暗いじめじめした
最下位に永くいることになる。人生が生きている時だけのもの
であれば自分さえよければよい、の一生も結構であろうが、そ
の反作用は自分の死後の世界と、次世代に生まれ変わって出
てきた時の人生にも影響することを深く考えてみなければなら
ない。」と書いておられます。これらのことから、自分の本体は
生命体であって肉体ではないこと、この世での肉体は一度きり
であっても、生命体は未来永劫に続くこと、そして、周りに幸せ
を与えて生きることの大切さを説いておられました。

 生命体のレベルでこの世の人生をとらえると、例えば、1週
間のスケジュールと目的を決めて海外旅行に出かける(日本
にいる時があの世=死後の世界で、海外へ行った時がこの
世)ようなもので、ほんのひとときなのかもしれません。この旅
行(輪廻転生)を何回も繰り返すとしたら、1回の旅行も無駄に
せず、次回につながるような、有意義な旅行でありたいもので
す。この世でご縁のある人は、同じようなスケジュールで、同じ
ような目的でこの世に出てきているのかもしれませんね。


<追記>

 これは講演会で何回もお聞きした内容ですが、この後を続け
るとしたら、「人生は一度きりではない、だから、自分さえよけ
ればという思いは捨てて、周りに幸せを与えて生きましょう」と
いうことになりそうです。先生はご自身の体験から、宇宙の真
理や因果の法則が見えておられたが故に、繰り返しお話しさ
れたものと思われます。では、何度も輪廻転生を繰り返して、
周りに幸せを与えて生き続けたら果たしてどんな世界に到達
するのでしょうか。このことに関して先生から直接お聞きしたこ
とはありませんが、勝手な推測をしてみると、外界の一切の現
象に囚われることなく、感謝に満ち満ちた精神状態になるので
はないかと思われます。

 いま、この地球上には精神性の高い人と低い人が混在して
いて、数的には“自分さえよければ”と思っている人が圧倒的
に多いようです。社会の建前としては、“give and take”で、与
えたものが与え返されるというしくみになっていますが、ひとた
び争いごとが起きれば、奪い合う結果となります。こんな中で、
政木先生のお話しが理解できるのは、わずか一握りの人だけ
だと思いますが、争わない社会を実現するために、“give and
give”の精神を自ら実践しながら、多くの方にお伝えしていきた
いと願っております。

 その時に道標となるのは先生の“生き方”ではないかと思い
ます。単純に、先生の“生き方”を4つのステップに分けてみま
すと・・・・
T コツコツと学ぶ(基礎的な学問をしっかりと身につける)
U お金や物に執着しない(私的な目先の欲望を捨てる)
V 自分のことよりも周りのことを考える(陰徳を積む)
W 神の声を聞く(インスピレーションを受ける)

先生は晩年、岡山の研究室で一人の
時間を大切にされたのは、一人の時に
神様からの啓示(インスピレーション)が
あるからとお聞きしております。先生の
生き方を胸に刻んで、コツコツと魂の修
業を積み重ねていきたいものですね。
(2006年9月記)

 
<講演より抜粋>

◇私は高橋信次さんと顔を合わせてないが、言ってることが同
じなんです。例えば、我々人間は3億6千万年前に木星の内
側の天体にいたが、融合のエネルギーで誘爆が起こることが
判って、UFOを無数に作って地球に来た。肉体が滅んで、生命
体だけが長い間獣類や草木の中に入っていたため動物的に
なってしまった、と。信次さんとは生命体が一緒だから、同じこ
とを言うわけです。

◇平成4年に約束もしないのにネパールの娘さんが、「3千年
前のなつかしいお父様よ」と、言って来た。そして、スペインか
ら絵描きさんが来た。夫人の実家は細呂木だと言う。私が650
年前流れ矢に当たって死んだ場所で、古い文献も絵姿もあっ
て、私の前世がこれほどはっきりして、私自身がびっくりしまし
た。

◇それから350年前、林原社長が池田光政で、私は光政にお
勤めした熊沢蕃山であることが判った。子供の頃、水遊びをし
た場所を鮮明に覚えていたが、神戸地震の後、岡山の市内を
散歩していた時、その水遊びをしていた場所が見つかった。そ
して50m〜100m南には、私の娘の家も、熊沢蕃山の屋敷も
残っていた。

◇岡山の講演に来た女の人が、「3日間食事もできなくなっ
た、一睡もしていない、なぜ?」と、聞いてきたから、「あなたと
私は350年前仲の良い夫婦で、その時のことを思い出したか
ら」と言った。今林原に勤務している約7割の社員の人は、35
0年前岡山城に勤務していた。偶然ではなくて、生命体が知っ
ているから縁のある人が今世でまた集まるんです。

◇執念を残さずに死ぬと、生命体の時間
で1秒後にこの世に出てくる。生命体の因
果応報はきちっと起こりますから、肉体の
ある間に、周辺の人に幸福を与えることを
やることです。
・・・・<1995年11月12日政木先生講演会より抜粋>



<著書より部分的抜粋>

 「生あるもの必ず滅す」 のことわざどおり、今生きている人に
は、必ず死が訪れてくる。この死は人間だけではない。地球の
石にも土にも同じことがいえる。また、大宇宙も生まれては死
んでゆくものである。私も若い頃は、自分は永遠に生きるよう
な思いで、死とは自分には無関係のように思っていた。ところ
が50才の頃から、死を思うと無限のさびしさと、はかなさを感
じるようになった。ところが数年前から突然、死の恐れが拭い
消されるようになくなった。と同時に、まだ見ぬ天上界に慕わし
さを感ずるようになった。人間は死に直面した時は、天上界に
あこがれるような気持ちになり、喜んで天上界へ行けるものら
しい。死とは、生命体と肉体の別離であって、生きているうちは
生命体が肉体を支配しているが、老朽した肉体からは生命体
が離れていくようになる。

 死後の世界には、何段かのランクがあるらしく、生きている間
に人の為に、社会の為に尽くした人は高い位置にあり、人を苦
しめ、社会に悪をまき散らした人は、暗いじめじめした最下位
に永くいることになる。人生が生きている時だけのものであれ
ば、自分さえよければよいの一生も結構であろうが、その反作
用は自分の死後の世界と、次世代に生まれ変わって出てきた
時の人生にも影響することを深く考えてみなければならな
い。・・・・・「精神エネルギー」より


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